インテグラルなセラピーへのブログ

インテグラル理論に基づく成長と覚醒への癒やしと学びに繋がるお話し

ずるい言葉からみた悪意とエゴ

過去の記事で吸血鬼や悪意に対して
和多志は「ずるい言葉」とよく使っています。

これは相手を不利にさせたり
自分の立場を不当にあげたりして
エゴまみれの偏見、思い込み、支配欲を満たす
言葉と考えています。

要は正しくないとみたらわかることを
言葉を使って正当性があるように見せたり、
正しい論理以外に焦点をずらす
汚い人間が使う言葉と言えます。

これはある本を読んで影響を受けたので、
そのまとめや自分なりの知識で
精神世界や見えざる部分により深く切り込んだ内容を創りました。

今回の参考書籍
『あなたを閉じ込める「ずるい言葉」』

 

上から目線のエゴ

ティールじゃない癖に
下に合わせてあげる
とか
救世主コンプレックスを拗らせて
俺が癒してあげようか?
とか
こういう立場を使ったマンウトを好み、
対人関係で相手を不利にさせたがる悪意は存在します。

具体的には

・あなたのために
・そんな言い方じゃ~
・喧嘩両成敗
・言われなきゃわからない

などです。

基本的に対等な関係や「人は皆平等」という意識があれば
相手を見下した判断の言葉や自分が特別と言う思想に
振り回されないのですが
エゴというのは優越感や支配欲を満たすためには
自分を上げて、相手を落とす状況を好みます。

あなたのためにはまさに
相手のことを思っていない癖に
自分の都合のいい行動を強制させる言い分に
支配欲がなく貢献心があるかのように擬態する
妄語なのはわかりますが、

上記の残り3つは和多志の場合、
これまでの人生で
これをずるい言葉だと教えてもらえることや
おかしいと氣づかせる思考に出会えなかったです。

例えば

言い方を指摘する人間は
相手の言葉に正当性があるため
立場を使って逆転を図ろうとしている
(当然逆転させたら都合の悪い意見を無視する理由や
こいつはこんな言葉を使う信用できない奴と風評被害を加えられる)

人はパワハラモラハラを見て
一方が悪いとわかっていても保身のために
どちらも悪い弱者を切り捨てる悪意や
何もできない癖に正しく見せようとするエゴが存在する

本人が傷ついていないから侮辱や暴言を楽しんで良い
と思っている奴は世界が仲間内で完結してるクズ

があることを書籍では参考になりました。

 

自己都合のせいで己の悪に氣づいてない言葉

和多志はカウンセラーの仕事が必要だなと思うのに
友人や家族に相談すると

・もっと早く言ってよと責める
・やってほしくないなら言えばよかったのにと非を詫びない
などそもそも相手を受け止める準備や器が形成されていない
大人こどもが殆どだからです。

ですが当の本人がそれを認めると自分が小さく見えるから
こういう言葉を使って保身や自己防衛に守るのが
大人や世間体とも言えます。

これらはつい言ってしまったとしても、
こういうことを言うと相手は拒絶させてしまったことや
誤解を生んでしまったと反省や本心に氣づけばいいのですが、
見逃しようがないエゴで溢れかえった言葉もあります。

例えば

まともにリハビリをしないセラピストが
心理的・霊的能力や知識不足で患者の健康を害してるのに
(スピリチュアルの勉強などを)
そういうのはそういう奴らだけでやっておけとか

マッサージやストレッチのやり過ぎが害になると聞いて
そんなん言われたら何もできなくなる
と言って非建設的な反論をかますなど

正当な努力をしていない魂胆を
ずるさで言い逃れしようとするクズ心が隠せていないのです。

実際に
そういうのはそういう人だけでやっておけ
と言っている人間にこそ
無知や思い込みのせいで患者に有害な言葉を使って貶めたり、
サイキックアタックを飛ばして不健康にさせることがあって
認めてもらう必要性があるのに
事実や問題を作話や既得権益を守る保身で拒絶したり、

実際にマッサージのやりすぎて揉み返しと言う不必要な筋損傷を
好転反応と嘘ついているくせに
新しい理論や手技を学ぶのを面倒くさがるばかりに、
素直に別のやり方に目を向けずに
手段を奪ったお前が悪いと責任転嫁をする様子を見ていると、

どうしようもないなこいつらとなる場面は何度もありました。

上から目線とは違う自分の都合を守る人々
というのも考えるきっかけになりました。

思い込みという病気

ずるい言葉を使う人間を一言でいうと
自分の世界だけが正しいという思い込みが激しい人
と言えます。

ずるさは上記のように千差万別ですが、
根本を辿ると、
他人の意見をずるさで抑えつけたい、
論理的思考ができない馬鹿のくせに
人を支配したいというエゴが人一倍強いクズ

とも言えます。

思い込みが生むずるい言葉として書籍にあったのは

・侮辱や差別など否定的なニアンスを含むことで
同じ単語でも人には言われたくない事を理解できず
「人に言われるのを嫌がるのは変だ」と言ってくる奴

・自分の善悪でしか相手との話題を決められない
「自分にされて嫌な事じゃないから」
と性的(倫理的)に不快なことを人に投げかける奴

・侮辱と抗議の背景の違いも理解できない
「取り合うと同じレベルになるよ」
と傷ついた人に慰めにならない正論をかます

・弱者の痛みや傷よりも
己の主観や強さでマウントを取りたがり
「そこまで傷つくことかな?」とか言う奴

など

昔の記事で色々書きましたが、
本当に発達が未熟なのか、歪すぎて
まともな感性や思考が育たない
人間がこういう言葉をやはり使っていたな
と再認識しました。

和多志の周りには全員ではないですが、
2:8でいうと8割が思い込みが激しい側でした。

その8割に2割(4割)ほどが
自分の世界のことでしか考えられない
エゴまみれの人間と言う図式です。

ずるい言葉を防ぐためには?

以上のようによくありがちな

自分がずるい言葉を使わないと相手も使わなくなるとか
自分がずるいから相手が鏡になって言われる

なんていう言葉が論理的に破綻していて、
そういう言葉を好む人間こそがずるい人間と知らず
上記の言葉を信用している限り、
ずるい人間の支配欲を満たすサンドバッグや
エゴにエネルギーを与える餌・家畜とも言えます。

逆に言うとずるい人間から離れるには、
思い込みを変えて、その思い込みから生まれる言葉
に対して注意深く観察して、
自分も他人も使っていた言葉にずるさがあれば
それに共感する人ともきちんと向き合って、
どこに自己都合や支配欲のエゴが隠れているのか
しっかりと見抜くことだと思いました。

例えば前回の毒親の話と繋げると、
自分の親に仕返しできないから他人に投影して、
自分の事を実体よりも大きく見せるためにずるい言葉で支配したり、
親に拒絶された時のトラウマを
弱った人にずるい言葉で閉じ込めて同じ感情を味合わせるなど

そういう代理復讐が起きている事も考えられます。

ここでオーラの話でいうと、
言葉や思いはメンタル体の影響が強いので、
よくあるスピリチュアル的に言うと
自分の周波数を変えることが
ずるい言葉を防ぐことだと言えます。
(これは物理的にずるい言葉を使いがちな人間が嫌う
4097Hzのトーンを聞き続けるなどあります)

 

その変化の一つにこの記事の読者が
間違いを間違いと見抜き
思い込みと言う無明に
真理の光が当たることを
引き続き願います。

 

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